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2011年03月29日

具志堅用高のジャンケン

1,2か月ほど前に、具志堅用高がテレビでジャンケンをしていた。
あっちむいてホイをしていた。
ぎこちないあっちむいてホイで、勝負には全然勝っていなかったが、
ジャンケンは一度も負けていなかった。
すげー、具志堅用高、ジャンケン強いー。って見ていたが、
よくよく見ると、本当に少しだけ、後出しをしていたのだ。
もと世界チャンピオンなら、ボクサーなら、あれくらいの時間さえあれば相手が出す手がみえるのじゃないか??
ボクサーの動体視力はハンパじゃないからねえ。

テレビ的には、具志堅用高のちょっとぎこちないジャンケンに見えたんだけど、本当はあれは後出し→勝ち の作戦だったのではないか。
だとしたらやっぱり具志堅用高ってすごい

っておもった。
posted by ほろりん at 09:49| 沖縄 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月26日

被災者を沖縄で受け入れたなら、こんなことできないだろうか。

沖縄県の被災者受け入れチームが本格的に動き出そうとしている。
週半ばに県内の市町村長や関係団体の代表が数百人集まって集会を開いた。
県知事の呼びかけで、被災者たちを暖かく迎え入れようということだ。
そのためには住居はもちろん、経済面、教育面、医療面、など幅広くフォローしていく考えのようだ。

被災者は住むところを面倒してくれるだけでもありがたいことだろう。本当は住み慣れた地域のそばに住まいたいのだろうけれど、そうも言っていられない。
遠く離れた地でかなり寂しい思いをするだろう。沖縄の方々はきっと暖かく受け入れてくれる。心を込めて面倒見よくしてくれると思う。

沖縄に住んでから、沖縄の方々のそうした心に、僕も接してきた。反面、文化や言葉、食、気候、人間性の違いなど、どうしても北国とは違いなかなかなじめない点も多くある。
南には南の良さがあり、北には北の良さがある。それはわかっているのだけれど、長く住み生活してきたその土地の味、言葉、文化というものは、よその地域に行ったときに受け入れにくいものだ。
例えば水がおいしくない(硬水)ため、ご飯を炊くのに苦労するとか、魚が暖かい海で育っているため脂がのっておらず、取れたてのマグロも北の海のそれに比べて水っぽいとか、そういった小さなこと、それが少しずつ蓄積され、被災した悲しみとまざり、北の土地への郷愁は増すのではないかとも思う。
それを贅沢と捉えられると困ってしまうけれども。

南には南の良さがあり、北には北の良さがある。
沖縄の海の青さは、それを見ているだけで心が軽くなり幸せになる。雪も降らないため過酷な雪かきや道路面の凍結などとは無縁である。「てーげー」の精神は「いいかげん」というよりもむしろ、「これくらいで大丈夫だよ」という心のゆとりを与えてくれる。

県の受け入れ事業には大賛成である。
できることならば、東北の被災地から来た皆さんの心だけはそのままに確保してあげてもらいたい。
もし、長期的に沖縄に住んでいくことになるのなら、東北の皆さんが魂の復興をできるような機会や場があればいいと思う。
チャイナタウンならぬ東北タウンのような、文化や食など、東北の皆さんが自らの食や文化を沖縄の地でも共有し、立ち上げ、盛り上げていく場。沖縄にいながらにして東北が完璧に味わえるような、そんなことができたらいいなと思う。
それは東北の方々自分たちのためであり、沖縄の方々への恩返しでもあり、また観光の場にもなるのではないか。

と、勝手な青写真を広げさせてもらう。
posted by ほろりん at 15:38| 沖縄 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月21日

グーグルパーソンファインダー

このようなページがあるって、昨日初めて知った。
被災した地域の人を個人名で検索し、安否を確認できるサービスがあったのだ。
被災地の避難所名簿がネットに掲載されているのは知っていたけれど、直接検索できるシステムがあると思わなかった。
それは、
グーグルパーソンファインダー

http://japan.person-finder.appspot.com/

携帯版は

http://sagasu-m.appspot.com/

YAHOOなどで検索すればすぐに出てくる。
ここに探したい人の名前をフルネームで入れれば、情報が入手できている場合、生存情報が掲載されるのだ。

友からの電話で、近しい人の安否についてこれで調べたり、確認できたということを聞き、自分も数件試してみた。
宮古で小学校の先生をやっている後輩の生存情報が出てきた。
宮古で高校の先生をやっている後輩の生存が出てきた。
釜石市で以前仕事をした役所職員の生存情報が出てきた。

生きていると言うことを確認でき、涙があふれてきた。体の血液が熱くなった。
そして私も生きているのだということ、この皮膚を切れば血が出るのだということ、暖かい体なのだということ、この生存情報の向こう側に、私と同じくあいつが、あの人の鼓動が、引き続き脈打っているのだということを、幸せに感じた。

6人ほど試したが、半数の方は検索に引っかかってこなかった。
調べるまでもなく無事なのか、それともまだ不明なのかはわからない。



ラベル:安否 生存 被災者
posted by ほろりん at 15:10| 沖縄 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月20日

3月20日 被災者の受け入れ・沖縄〜被災地への荷物が送れなくて

全国で被災地の方々の受け入れへの動きが出てきている。
一時的な避難になる人、長期的避難になる人、それぞれあるだろう。
神奈川県では4万人を受け入れる予定とのこと。
沖縄県は受け入れを1万人規模で行おうとしている。
沖縄に来る人に、何かできることがあるだろうか。
せめて、話し相手くらいにはなれるだろうか。
東北から遠く沖縄の地に来た方々の心細さ、わからなくはない。
全く違う気候、全く違う食べ物、方言、風習。最初のうちは楽園への移住ととらえることも出来るだろうが、生活の違いをそのうちに感じるはず。
そして郷愁の思いは、まるで海外へ来たかのごとく感じるはずである。僕がそうであったから。
そんなときの話し相手など、その程度でもやれれば、心の癒しになるのではないかと思っている。
沖縄県のお動きを注視したい。

仙台泉区の弟の所では、被災から数日間食べ物がなかった。宅配便も被災地への配送はストップしていたため、物資を個人的に送ることは出来なかった。
でも何か、少しでも届けられないものか…。
調べてみると、郵便物は定型内の封筒サイズであれば、送付を受けているとのこと。
さっそくスーパーに行き、定型封筒に入る平べったくて小さい食べ物を探した。腐ってしまうものはいけない。乾物、ドライフルーツなどで封筒に入る大きさのものを買い、5袋分を郵送してみた。
そろそろ届いている頃ではないだろうか。
まあ、その後、仙台でもスーパーが営業し出したため、用をなさないかもしれないが…。
posted by ほろりん at 14:18| 沖縄 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月19日

3月19日

遠くの地から、同郷の家族や友に物資を送ることも出来ず、ガソリンを送ることも出来ず。
ただ、ひたすら被害状況のニュースをみて過ごすばかり。
沖縄でも物資を募り、送る動きが出てきた。県や市町村、ただ集めて送っても、輸送がままならない状況では迷惑・混乱を招くだろうと、時期を待っていたようだ。
おいらの住む南風原町、近隣の南城市や那覇市では、毛布、粉ミルク、おむつ、寝袋、ブルーシート、水といった物資を募る広報がテレビ等で流れている。

また、石垣市では、小学校に空きがあるため、小学生の疎開を受け入れることを報じていた。島にある少年自然の家で生活し、小学校へと通わせようという動きである。

しかし福島のように町全体が疎開とは。「疎開」という言葉、戦時中の過去の話の中でしか聞いたことがなかったのに。

災害、戦争、交通事故、家族や近しい人との別れというものは、本当に次の瞬間にやってくるかもしれない。最近身にしみて特にそう思うようになってきた。

盛岡では、ガソリンスタンドの渋滞が5キロ近くまで長いらしく、そのせいで昨日も自衛隊の車両が動けない事態になっていたらしい。

石油を乗せた緊急貨物列車が今盛岡に向かっている。今日の夜に到着予定。
もう少しの辛抱だ。みんな、がんばれ、耐えるんだ。
posted by ほろりん at 13:36| 沖縄 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月18日

地震後、岩手や宮城はどうなっているのか。(生活レベルの話)

大地震後、東北の親族や友人はどうしていることだろうか。

岩手県盛岡市
(実家)
13日(日)にはライフラインは概ね復旧したようだ。しかし、電話や水道などは不安定で、時々不通・断水もあったとのこと。
コンビニに食料を買いに行くと長蛇の列。数時間並んで購入とのこと。店の中には入れず、外で電卓での会計。
その後営業したスーパーも、買い物かごを持ったまま、ぐるっと店内を一周してかごは空のまま戻ってくるような状況だという。
16日は、ガソリン、食料等の物資がほとんどない状態。特にガソリンはほぼ枯渇。バスも通っておらず通勤もできない。
会社や店舗では、材料が届かないために仕事ができないほか、仕事の客先が被災地であるために連絡が取れず、仕事の注文や入金がなく、産業にも大きな影響も出ているようだ。

宮城県仙台市泉区
(弟)
ライフラインのストップが長く続いていたが、15日に電話がつながった。電気は13日の昼につながったようだ。しかしまだ断水。
物資が不足。14日は外を歩いている時に偶然遭遇した販売車からグレープフルーツを購入。その日の食料はそれと栄養ドリンクとビタミン剤。口に入れば何でも良いという状況。
翌日は6時間スーパーに並んで小麦粉だけは購入。
16日から近くのイオンが営業するという情報を得たとのことであるが、物資は足りないだろう。

岩手県久慈市
(友)
久慈市は岩手県北部の沿岸であり、山の岩盤を開いて造った国の石油備蓄基地がある。津波の影響でそれらは全て流れ出たとのこと。
久慈市役所近くに住んでいる友人。海から近い。地震後は高台に避難。その後自宅に戻ってみると、1階は浸水したらしく泥だらけ。昨日、家の片づけをしたということで写メが送られてきた。軽トラック2〜3台分くらいの瓦礫やゴミ。1階は拭いても拭いても泥が出てくるらしい。

posted by ほろりん at 09:44| 沖縄 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月17日

大震災 〜沖縄では。

大変ご無沙汰でこちらを更新しています。

この度の大地震で私の出身地岩手県は甚大な被害を受けました。
うちの実家は盛岡市で県の内陸に位置するので建物の被害はほとんどないようです。
親族も命を落とすことなく、無事でありました。盛岡でもガソリンや食料また様々な物資がないために、生活だけではなく、仕事・産業にも影響が出ているようです。

皆さんもテレビでご覧の通り、県沿岸は自治体一つが丸ごと波にもまれ、壊滅しています。
中でも大槌町、釜石市は、仕事で何度も足を運んだところです。あの建物、あの道、あの人々がのまれていってしまった。
地元の方の心中を思うと、そして心だけではなくこの冬が襲う体への辛さを思うと涙があふれます。

遠く東北の地を思いながら、私も募金をしました。ネット上の募金をし、また近くにある南風原イオンに買い物に行ったとき、設置されていた募金箱にも投じました。
その募金箱。お金を入れようと箱をのぞいてみて驚きました。
…たくさんの千円札。こんなに千円札が入っている募金箱、初めて見ました。
涙がにじみました。
もちろん募金は「心」であり、金額の問題ではありません。
しかし、このたくさんの千円札は、沖縄のみなさんの熱い熱いキモチの表れだろうと思いました。
頑張れというエールが募金箱に詰まっていました。
沖縄のみんな、心遣いありがとう☆
posted by ほろりん at 09:51| 沖縄 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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